熱田神宮と大須観音へお参りに

大人の遠足

令和5年10月29日(日)、愛知県にある熱田神宮と大須観音へお参りに行きました。

豊川の珈琲農園直営店mol cafeさんに集合して、モーニングから始まりました。
コーヒーもセットのモーニングも美味しかったですが、そのまま食べられるコーヒー豆も付いていて、珍しい体験もさせていただきました。

心地よい日差しの中、熱田神宮を参拝しました。

熱田神宮とは

ご存知の方も多いと思いますが、熱田神宮は草薙神剣(くさなぎのみつるぎ)、正確には、天照大神(あまてらすおおみかみ)の御魂(みたま)が宿っている天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)である熱田大神(あつたのおおかみ)をお祀りしています。

元々草薙の剣は、素戔嗚尊(すさのおのみこと)が退治したヤマタノオロチの尾から出てきて、天照大神に献上されたものでした。天照大神の孫であり初代天皇の神武天皇の曾祖父・瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)は、地上を治めるために三種の神器を携えて降りてきた天孫降臨以来、天皇の皇位と共に継承されてきました。

12代景行天皇(71〜130)は、息子・日本武尊(やまとたけるのみこと)に九州・山陽・出雲を平定するように命じ、帰宅してすぐに、次は関東に行くようにと命じました。父は私に死んで欲しいのか、と思い悩んだ日本武尊が景行天皇の妹・倭姫命(やまとひめのみこと)に相談に行ったところ、草薙神剣を譲り受け、東へ向かうことにしました。

東征を終えた日本武尊は、帰路、熱田に寄り、宮簀媛命(みやすひめのみこと)と結婚しましたが、すぐに岐阜と滋賀の県境伊吹山に向かうことになりました。日本武尊は草薙神剣を宮簀媛命に預けて旅立ちましたが、伊吹山で毒に遭い命を落としました。
宮簀媛命は晩年まで草薙神剣を守り、熱田に祀ることにしました。

熱田神宮には、草薙神剣に縁のある神々が祀られています。

◆熱田神宮

◆刀剣の専門サイト・バーチャル刀剣博物館 刀剣ワールド

◆日本武尊伝説


時間の関係上、残念ながら、すべてを参拝することは出来ませんでしたが、本宮へお参りした後、御神印を頂き、こころの小径を参拝させていただきました。
清水社では、石に湧水を3回かけると願いが叶うと言われているので挑戦しました。


天照大神の荒御魂(あらみたま)が祀られている一之御前神社(いちのみさきじんじゃ)は、ピリピリとした雰囲気や神聖さを感じるメンバーが多かったです。


弘法大師のお手植えという樹齢1000年の大楠。

続いて大須観音を拝観しました。

大須観音とは

大須観音は日本三大観音の1つであり、真言宗智山派別格本山、正式名称は北野山真福寺賽生院(きたのさんしんぷくじほうしょういん)と言います。
1324年、後醍醐天皇が現在の岐阜県羽島市大須に北野天満宮を建立し、1333年、能信上人(のうしんしょうにん)を北野天満宮の管理者である別当に任命し、北野山真福寺賽生院という寺号を貰いました。

当時は神仏習合しており、真言宗の僧侶が菅原道真を御祭神としていた北野天満宮を管理していました。
能信上人は開創にあたり、この世の人々が救われるにはどうしたらいいか、100日間伊勢神宮に籠って祈り、観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)からのお告げを受け、次の後村上天皇(ごむらかみてんのう)によって観世音菩薩を安置することになりました。

1612年、徳川家康によって、名古屋の現在の場所に移ることになりました。

◆大須観音

◆伝教大師最澄1200年魅力交流コミュニケーションサイト「いろり」

入口の仁王像の凛々しい姿。
お線香もあげさせていただきました。

大須と言えば、大須商店街。
味噌カツ、どて煮などの名古屋名物や、お土産を購入しました。

神社やお寺の歴史を学び、実際に行ってみると、私たちの祖先が何を感じて、どう考えてきたのか、その息遣いを感じられて嬉しいような誇らしいような気持ちになりますね。
一緒に学ぶ仲間たちと旅をすることができたのも、とても楽しかったです。
メンバーから可愛らしいフルーツ盛り合わせ、お菓子、お酒、おつまみと至れり尽くせりの心遣いもありました。
ありがとうございました。

令和5年10月29日 熱田神宮にて