『日米開戦 陸軍の勝算』を読んで

書評

4月上旬、靖国神社に参拝してきました。
境内の桜が見頃を迎えており、大勢の花見客で賑わっていました。

靖国神社の境内に併設された遊就館をご存じでしょうか。
遊就館には、英霊の遺書や遺品をはじめとする貴重な史資料が展示されています。
館名は中国の古典『荀子』の「君子は居るに必ず郷を擇び、遊ぶに必ず士に就く」から「遊」「就」を撰んだもので、高潔な人物に交わり学ぶという意味です。

遊就館では明治維新から大東亜戦争までの近代史をパネルで解説しており、学びが大いにあります。
今回、遊就館を訪れたことをきっかけに、数年前に購入して以来「積読」状態となっていた新書を読むことができたため内容をご紹介したいと思います。

本の狙い

林千勝著『日米開戦 陸軍の勝算』(祥伝社新書)は、70年以上続く戦後レジームにおいて、私たち日本人が教えられてきた先の大戦の通説を覆し歴史の真実を見定めようとするものです。
先の大戦の通説とは、「愚かで無責任な当時の日本の指導者たちが、米国に対して勝算のない無謀な戦争を仕掛けたもの」という主張です。
この通説は、米国が占領政策で行ったWGIPというプロパガンダの一つでした。
戦後アメリカは、戦争に関する多くの書物を没収し、検閲により言論統制を行っていました。
WGIPは、日本と米国との戦いを「帝国主義者」と「国民」との戦いという図式にすり替えたのです。

著者は、靖国神社や東京大学等に保管されている一次史料をあたり、当時の開戦の決断が科学的・合理的であったと明らかにします。
目をつけたのは「陸軍省戦争経済研究班」の存在。
開戦のおよそ2年前に設立された同班は「秋丸機関」とも呼ばれ、日本に経済国力がないことを前提に、対英米総力戦の打開策を研究していました。

対英米戦争戦略の結論

陸軍省戦争経済研究班は、対英米戦争戦略を以下のように結論づけました。

(一)英本国の経済国力は動員兵力四〇〇萬=戦費四〇億ポンドの規模の戦争を単独にて遂行すること不可能なり。その基本的弱点は労力の絶対的不足に基ずく物的供給力の不足にして軍事調達にして約五七億五千万ドルの絶対的供給不足となりて現る。

(ニ)米国の経済国力は動員兵力二五〇萬=戦費二〇〇億ドルの規模の戦争遂行には、準軍事生産施設の転換及び遊休設備利用のため動員可能労力の六〇%の動員にて十分賄い得べく、更に開戦一年乃至一年半後に於ける潜在力発揮の時期に於いては軍需資材一三八億ドルの供給余力を有するに至るべし。

(三)英米合作するも、・・・開戦初期において米国側に援英余力無きも、・・・一年乃至一年半後には、英国の供給不足を補充して尚第三国に対し軍需資材八十億ドルの供給余力を有す。

(四)英本国は想定規模の戦争遂行には軍需補給基地としての米国との経済合作を絶対的条件とするを以て、これが成否を決すべき五七億五千万ドルに達する完成軍需品の海上輸送力がその致命的戦略点を形成する

(五)米国の保有船腹は・・・援英輸送余力を有せず。従つて援英物資の輸送は英国自らの船舶に依るを要するも現状に於いて既に手一杯の状態にして今後独伊の撃沈に依る船舶の喪失が続き英米の造船能力に対し喪失トン数が超えるときは・・・英国交戦力は急激に低下すべきこと必定なり。

(六)英国の戦略は・・・軍事的・経済的強国との合作に依り自国抗戦力の補強を図ると共に対敵関係に於いては自国の人的・物的損耗を防ぐために武力戦を極力回避し、経済戦を基調とする長期持久戦によりて戦争目的を達成するの作戦に出づること至当なり。

(七)対英戦略は英本土攻略により一挙に本拠を覆滅するを正攻法とするも、英国抗戦力の弱点たる人的・物的資源の消耗を急速化するの方策を取り、空襲に依る生産力の破壊及び潜水艦戦に依る海上遮断を強化徹底する一方、英国抗戦力の外郭をなす属領・植民地に対する戦線を拡大して全面的消耗戦に導き且つ英本国抗戦力の給源を切断して英国戦争経済の崩壊を策することも亦極めて有効なり。

(八)米国は自ら欧州戦に参加することを極力回避し・・・反枢軸国家群への経済的援助により交戦諸国を疲弊に陥れ其世界政策を達成する戦略に出ること有利なり。之に対する戦略は成るべく速やかに対独戦へ追い込み、その経済力を消耗に導き軍備強化の余裕を与えざると共に、自由主義体制の脆弱性に乗じ内部的攪乱を企図して生産力の低下及び反戦機運の醸成を図り併せて英・ソ連・南米諸国との本質的対立を利して之が離間に努むるを至当とす。

英米合作經濟抗戦力調査(其一)より

昭和16年7月、陸軍首脳部に対する陸軍省戦争経済研究班の最終報告は、諸文献を総合すると「日本は開戦後二ヶ年は抗戦可能。この間、輸入依存率が高く経済的に脆弱な英国を、インド洋における制海権の獲得、海上輸送遮断やアジア植民地攻撃によりまず屈服させ、それにより米国の継戦意思を失わせしめて戦争集結を図る。同時に、英、蘭等の植民地になっている南方圏(東南アジア)を自給自足圏として取り込み維持すべし」というものでした。
ここから日本軍の西進思想は導き出されたのです。

敗戦の原因分析は甘い

本の後半では、陸軍の合理的な西進戦略を壊したのは海軍であると論が展開されます。
帝国陸海軍が組織的対立に陥っていたことは有名な話です。
戦後はその反省から世界初の陸海空を統合した士官学校、防衛大学校が設立されました。

話を戻します。
しかし、著者と考えを異にしますが、英国の屈服を核心とする第二段作戦以降、西進戦略が太平洋方面の積極作戦に転じたことは海軍が悪いと断じるべきではありません。
それでは、これまでの通説と同じ敗戦の責任のなすりつけ合いに過ぎないのではないでしょうか。
戦略大転換の裏には、陸軍の西進思想にも原因があったと考える方が自然です。
例えば「ドイツの対ソ戦が長期化すれば、日本の対英米戦遂行は不可」との研究結果が出ているにもかかわらず、西進思想が長期戦を想定していたという矛盾などは、大本営を説得できなかった理由になり得ます。

また、著者は先の大戦の指導者たちの中に複数のスパイがいた可能性を指摘しています。
防諜がなされていなかったことは、日本の致命的な弱点でしょう。
いかに優れた合理的な戦略があったとしても、そのような状況では勝てるはずがありません。
そして、戦後レジームの中で、日本のカウンターインテリジェンスはますます混迷を極めています。

己を知ろう

大切なことは、まずは己を知ろうとすること。
まさに私たちが勉強会を立ち上げた目的です。
本の後半については私見を述べたものの、歴史の真実を解き明かそうとした著者のような試みこそ、今の私たちに必要なことではないでしょうか。