東アジアは、戦うための地域だったのか

戦後の行方

これまでこのブログでは、第一列島線をめぐる米国の戦略や、終戦記念日に考えた「真の独立」、そして戦後秩序の変質について書いてきました。
書きながら、いつも同じ場所に行き着きます。
日本と中国、そして東アジア全体を、私たちはいつの間にか「対立する地域」として見るようになっているのではないか、という感覚です。

ニュースを追えば追うほど、第一列島線、台湾有事、ミサイル配備といった軍事的な言葉ばかりが目につきます。
もちろん、それらから目を背けるわけにはいきません。
ただ、その前に一度立ち止まって、もう少し長い時間軸でこの地域を眺めてみたいと思いました。
今日は、そのことについて書いてみます。

はじめに

日本と中国の関係を近代の日中戦争から語り始めると、両国は対立する運命にあるように見えてしまいます。
しかし、遣隋使・遣唐使の時代から日宋貿易、日明貿易に至るまで、千年を超える尺度で見れば、戦争をしていた時間より、学び合い、交易していた時間の方がはるかに長いのです。

その交流の要になっていたのが琉球でした。
今、与那国・石垣・宮古・沖縄は「第一列島線」という軍事用語で語られ、中国海軍を封じ込める線とされています。
しかし、かつての琉球は中国・日本・朝鮮・東南アジアを結ぶ交易の中継地でした。地理は変わっていません。
変わったのは、私たちがその地理に与える意味です。

この記事では、軍事的な現実を直視したうえで、日本がどのような政治を選ぶべきかを考えます。

イランで露呈した米軍の弱点

2026年2月に始まったイラン戦争は、米軍が得意としてきた「航空攻撃で制空権を握り、短期間で相手を屈服させる」という戦い方が通用しにくくなったことを示しました。
イランは広大な国土に移動式ミサイルや地下施設を分散させ、航空攻撃だけでは消し去れませんでした。
逆に、カタールやバーレーンなど湾岸の米軍基地は位置が固定された目標であり、繰り返しミサイルや無人機の攻撃を受け、レーダーや燃料施設に損害が出ました。
パトリオットの迎撃率も、公開情報を見る限り期待されたほど高くはなかったようです。

この経験が示すのは、米軍が弱くなったという単純な話ではありません。
分散したミサイルと固定基地という組み合わせに対して、圧倒的な航空力だけで短期決着をつけるのが難しくなったということです。
相手が中国であれば、この問題はさらに深刻になります。

沖縄は本当に守れるのか

日本は今、第一列島線に沿って自衛隊を増強しています。
与那国の沿岸監視部隊、宮古・石垣・奄美の警備部隊とミサイル部隊、沖縄本島の第15師団への拡大などです。
米海兵隊も、対艦ミサイルや防空システムを持たせた小型・分散型部隊へと姿を変えています。

しかし、宮古や石垣のような小さな島では、駐屯地も道路も港も限られており、中国のISR衛星や無人機による継続的な観測にさらされます。
ミサイル車両自体が生き残っても、それを支える港、弾薬庫、燃料施設、通信設備の多くは移動できません。
ここはイランの経験と重なる部分です。

つまり南西諸島の地上戦力は、中国軍を完全に食い止めるというより、開戦初期に相手の時間と戦力を奪う「前方拒否戦力」として捉えるのが実態に近いと思います。

米軍は退がり、自衛隊が前へ出る

米軍は沖縄の海兵隊員約9,000人のうち4,000人以上をグアムへ移す計画を進め、既に移転が始まっています。
嘉手納の戦闘機運用も、一拠点に集中させない分散運用へ切り替わりつつあります。

一方、自衛隊は逆方向です。
南西諸島のミサイル部隊や警備部隊を増強し、沖縄本島は師団規模へ拡大、九州にも新たなミサイル部隊が置かれ、南西方面への補給網が整備されています。

つまり、米軍の主力は後方へ分散し、自衛隊が前方の厚みを担うという役割分担の変化が進んでいるのです。
この体制を維持するには、大量のミサイルや弾薬の国内生産力が不可欠ですが、その原材料となるレアアースなどの重要鉱物の多くを、日本は海外に依存しています。
中国と戦うための兵器を、中国を含む海外の資源に頼って作るという矛盾も生じます。

日本は何を選ぶのか

ここまで見ると、日中戦争は「政治目的を達成する手段」として、極めて割に合わないことが分かります。
中国も、日本も、米国も、それぞれ甚大な経済的損失を被るからです。
それでも、誤算や偶発的衝突によって戦争が起こる可能性は消えません。
だからこそ防衛力は必要ですが、防衛力を持つことと、戦争を前提に国家を作り替えることは別の話です。

日本が本当に選ぶべきなのは、米国か中国かという二者択一ではありません。
自国を守る力を持ちながら、日本列島を米中対立の恒常的な前線基地にはせず、日米同盟を維持しながら中国との交易や交流も断たない。
その境界線を、自分たちの政治意思として示すことです。

これは、中国に軍事的威圧の自制とホットラインの実効化を求めつつ、日本自身も重要鉱物やエネルギーの調達先を分散させる、といった具体的な取り組みを伴います。
安全保障上の自立と、経済的な交流は両立できるはずです。

日本にとっての利益は国土を戦場にしないこと、中国にとっての利益は自国を狙う火力の際限ない積み上がりを避けること、米国にとっての利益は自国防衛の負担を同盟国と分かち合えることです。
三者が最大の利益を得るのは難しくても、最大の損失を避ける政治は作れるはずです。

おわりに

かつて琉球が東アジアを結んだように、今「第一列島線」と呼ばれる地域を、再び人と国を結ぶ場所に戻すことはできないでしょうか。

戦争に勝つ東アジアではなく、戦争を必要としない東アジアをつくる。

それこそが、日本から世界へ示せる「三方良し」の安全保障ではないかと思います。